エピソード
奈良時代から平安時代の初めにかけて、この地では病気流行のたびに疫神祭が行なわれたといいます。関が廃止された跡地には関戸院(公営宿泊施設)が設けられ、都から西国へ向かう貴族や官人の宿となりました。治安三年(1023)関白藤原道長が高野山と四天王寺参詣の帰途に立ち寄ったことが古い記録に見えます。
また、寿永二年(1183)には木曾義仲に追われ西国へ落ちのびる平氏一門が、安徳天皇の御輿を当院にすえて、対岸の石清水八幡宮を遥拝し、京の都への無事の帰還を祈ったといいます。ここはまた、西国へ向かう旅人と見送る人々の惜別の地でもありました。
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